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今日から本格的にブログを再開するにあたり、一番強く印象に残った話から書こうと思ってこの話を書こうと思います。
先月友人と東京に行ってきました。
二人にとって特別な方の誕生日プレゼントを買いに(東京まで買いに行きました。ということが喜ばれると考えたので。)
あとはまあ買い物に、食事を楽しもうと。
その中での何気ない店員さんの一言です。
僕が好きなブランドの一つにリックオウエンスというブランドがあります。
3年前に買ったニットを一昨年も、去年も、今年もなんだかんだそのシーズン一番着るくらい好きなのですが。
好きな理由の一つに、”リックオウエンスの服はリックオウエンス自信が結局一番似合う”と言われている根底があるんですね。
ファッションショーを歩くモデルの中にはもっと若い人間が居て、端正な顔立ちの人も沢山いる
だけど、この人はきっと自分がファッションを楽しむためにデザイナーをしてるんだろうと感じたわけです。
だから、僕はその説にとても納得してて。
ファッションデザイナーの中には「え?この人がこの服を作ったの?」って言うようなデザイナーも沢山います。
それが悪とは言わないけど、どこか商業的に感じてしまうと萎えてしまったりもする。
これは洋服に限らず様々なジャンルで言えることなんですが、思い出すのは20代の頃に行った某ファミレスにて。
ほうれん草のソテーが不味すぎて食べれず、連れも一口食べて無理!ってなった時にここの店員はこれを美味しいと思ってるんかな?
って思った出来事。
ポテトとかはわかるけど、ほうれん草のソテーはそんなに手間かかるものでもないし、冷凍はやめてよ〜😢って思ったんですが。
そんなもんだ!なのかもしれないけど、僕はそれでそのファミレスに行かなくなったんですね。
人の評価は、価値観は多数あるのかもしれないけど、少なくとも自分すらそれを良しとしないものを提供するのはどうなんだろうって。
すごく難しい事なんですが、あくまで理想として僕はそう在りたいんですよね。
最近YouTubeでとある料理研究家が大手食品会社の商品を酷評して、その後の展開として会社のトップも交えた”納得いく新商品”を開発するという企画をなんとなく見ました。社長も料理研究家の意見に納得してて、言い返すことも、無視することも、気づかないふりも出来る中、一人の意見に真正面から向き合ったその行動はすごく好感が持てます。
話が寄れましたが、セレクトショップにて友人が
「最近リックのパンツを買ったんですが、何(他のどんなブランド)を合わせたらいいですか?」
と尋ねると
「リックに合うのはリックだと思います。それ以外はなかなか難しいですね💦」
と言われました。
リックの店員ではないから、多くのブランドを扱う中での忖度なしの意見だと思います。
それは別に他のブランドでも同じことが言えるのかもしれないけど、頭から足まで全身○○に固めて安っぽくならない、或いは嫌味にならないものって限られているような気がします。
妥協なく揺るがなく完成されたリックオウエンスだからこそ、ちょっと風通しが良すぎて寒くても、ちょっとタバコで火が付いて小さな穴が開いててもその後買う新しい洋服よりも着続けてるのかなと思ったわけです。
その完成されたものを真似するのは出来ないでしょうがその始まり、かけらくらいは真似したいなーと印象に残りました。
変わらないであってほしいですね。