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おはようございます!山本です!
先日、飯塚が書いたブログを読みました。
なんとも飯塚らしいブログでした。笑
飯塚は、こういう感情にとても敏感な人間だと思います。
それは幸せそうな人に限った話ではありません。
人が楽しそうにしている時。
少し寂しそうにしている時。
誰かが喜んでいる時。
そんな人の感情の変化を、自然と感じ取れる。
僕が知る中では、オーナーに一番近い感性を持っているのが飯塚なのかもしれません。
もちろん、本人がそれをどこまで自覚しているのかはわかりませんが。笑
そんな飯塚のほのぼのとしたブログを読んで、ふと思い出したことがありました。
実は僕も最近、物事の「見方」について考える機会があったんです。
きっかけは、Instagramで見かけた一冊の本。
『ものの見方検定』
なんだか面白そうなタイトルだなと思い、後日、書店に足を運んでみました。
ただ、その日はあまり時間がなく、じっくり読むことはできませんでした。
とりあえずパラパラとページをめくっていると、ある言葉が何度か目に留まりました。
「ラッキー」
普段の僕は、あまり口にしない言葉です。
というのも、なんとなく運任せな感じがして、あまり好きではなかったんです。
でも、その本をきっかけに、少し違う捉え方があることに気づきました。
良いことがあった日も、そうでなかった日も、
「今日もラッキーだった」と口にしてみる。
そして、その理由を後から考えてみる。
例えば、寝坊してしまった日。
普通なら、「ああ、最悪だ」と思うところです。
でも、「今日はラッキーだった」と考えてみる。
なぜか。いつもより睡眠が取れたから?
寝坊したことで、自分の生活習慣を見直すきっかけになったから?
少々無理やりですが。笑
それでも、そうやって理由を探していると、不思議と悪いことばかりではなかったように感じてきます。
もちろん、寝坊が許されるわけではありません。
反省すべきことは反省する。
でも、その出来事によって一日中嫌な気分で過ごす必要もない。
起きた出来事は変えられなくても、その出来事をどう受け取るかは変えられる。
これって、結構大切なことなのかもしれません。
少し「予祝」にも似ている気がします。
先に良い未来を思い描いて、それを喜ぶ。
「ラッキー」と口にすることで、後からその理由を探す。
順番が逆になるだけで、見えてくるものが変わる。
僕はわりと単純な人間なので、こういう考え方は結構ハマる気がします。笑
でも、単純だからこそ大切にしたいとも思いました。
難しく考えなくても、たった一言で気分が変わるのなら、それに越したことはありません。
そこで、もう一度飯塚のブログを思い返してみました。
縁石の上を歩くおじいさん。
僕だったら、どう感じていたでしょうか。
おそらく、「転ばないかな?」
くらいで終わっていたと思います。
もしかすると、何も感じずに通り過ぎていたかもしれません。
でも飯塚は、そこに楽しさや幸せを見つけた。
同じ景色を見ていても、受け取るものが違う。
幸せな出来事を見つけるのが上手い人は、幸せになる理由もたくさん持っている。
そんなふうに思いました。
そして、そういう人は少し羨ましくもあります。
僕はどちらかというと、物事の気になる部分に目が向きがちです。
僕もまずは、一日の終わりに、
「今日もラッキーだったな」と思える理由を探してみようと思います。
何もなかった日でも、何か一つくらいは見つかるはず。
僕が縁石の上を歩いて出勤していたら、飯塚に影響されすぎだと思ってください。笑
今日という一日が良い日だったかどうか。
その答えを決めるのは、自分自身なのかもしれません。
